2009年06月18日

100円ショップ(ひゃくえんショップ)とは

100円ショップ(ひゃくえんショップ)とは、店内の商品を原則として1点100日本円均一で販売する形態の小売店。別名「100円均一」および略した「100均」(ひゃっきん)と呼ばれることもある。

販売商品は、加工食品や化粧小物、食器や調理道具、乾電池などの日用品、文房具が多く、ほとんどの場合、大量の店舗(チェーンストア)を保有している。

100円というキリのよい価格設定が、手軽で安いワンコインというイメージとあいまって人気を博している。とはいえ、実際は「100円」は税別本体価格で消費税込み105円で販売する店も多い。また、99円など100円以下の価格で統一している店や、基本的に100円だが200円や300円、500円といった商品も一緒に販売している店もある。

このような均一価格での販売手法は、かつては「バッタ屋」と呼ばれ、以前はスーパーや百貨店を巡回し、催事販売の形で不定期的に行われてきたものである。この様な場で販売される商品の大半は、質流れの金融品や仕入先が何らかの事情で現金化を急ぐために販売した処分品と呼ばれる商品を仕入れた物で、商品品質の低いものが多く安定供給も期待できるものではなかった。さらに販売後のトラブルを回避するために定期的な販売をせず、各地への移動を繰り返しながら販売を行っていた。
バンジージャンプ
地球温暖化
体外離脱
白血病
花見
VDT症候群
元素周期表
油彩画
民話
翻訳
賃貸借
水上スキー
漢方薬
スキー
心療内科
妖怪
血液学
近畿地方
ウエストナイル熱
中国地方

これに対し、現在の100円ショップチェーン最大手の大創産業(いわゆる「ダイソー」)創業者の矢野博丈は商品の品質アップに力を入れる(一部には採算割れの商品も含む)ことで、催事販売を依頼するスーパーや百貨店の信用を勝ち取り、1991年に最初の常設店舗を開設した。以来、「キャンドゥ」「セリア」「ワッツ」といった、後に株式上場する同業の他社も参入して店舗網を広げた結果、新たな販売チャンネルとしてメーカーから認知されるようになり、日本の経済の状況(物価の上昇のないデフレーションの状態等)ともあいまって、急速に店舗を拡大して現在に至っている。また2005年にはコンビニ大手のローソンが「STORE100」と題した100円ショップ事業を開始している。

その結果、現在では、いわゆる「バッタ屋」時代に主流だった、金融品や処分品を安く仕入れて販売することは少なくなり、大量の店舗による販売力を生かして国内外のメーカーへ自社専用商品(プライベートブランド)の形で大量に生産を委託することで、仕入れ価格のダウンと品質の確保を両立させることが多く行われている。

ダイソーでは、数百万個という単位での「一括製造」を行い、コストを限界まで下げている。しかし、製造コストは下がるものの、在庫コストは莫大なものとなる。

2009年06月01日

類人猿

類人猿(るいじんえん、ape)は、ヒトに似た形態を持つ大型と中型の霊長類を指す通称名。ヒトの類縁であり、高度な知能を有し、社会的生活を営んでいる。類人猿は生物学的な分類名称ではないが、便利なので霊長類学などで使われている。一般的には、人類以外のヒト上科に属する種を指すが、分岐分類学を受け入れている生物学者が類人猿(エイプ)と言った場合、ヒトを含める場合がある。ヒトを含める場合、類人猿はヒト上科(ホミノイド)に相当する。

類人猿には現生の次の動物が含まれる
仏壇 健康 特産品 家庭教師 食品 語学 旅行 バスト 特産物 ダイエット 増客対策 若返り 行政書士 キャッシング 生活習慣病 子育て わきが 雑貨 学習指導 サプリ 音楽 スポット インプラント 交通地図 美容 賃貸 興信所 SEM促進 生命 アロマ 冠婚 美容整形 わきが 飲料水 楽器教室 癒し 学校 水族館 理容 プチ整形 ダイエット 資産運用 警備 わきが レストラン アロマ おもちゃ スクール 化粧品 学習

小型類人猿(lesser ape):テナガザルとフクロテナガザルを含むテナガザル科
大型類人猿(great ape):オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ(+ヒト)
大型類人猿のうち、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ(とヒト)はアフリカ類人猿と呼ばれる。オランウータンはアジア類人猿と呼ばれる。アジア類人猿で現生するのはオランウータンだけであるが、絶滅種のギガントピテクスなども含まれる。以前の分類では、オランウータン科にはオランウータン属・ゴリラ属・チンパンジー属を含めた。しかし、DNAの進化分析を考慮した新しい分類では、オランウータン科はオランウータンのみとなり、ゴリラ属・チンパンジー属はヒト科に分類される。さらに、オランウータンもヒト科に含める学者もあり、この学説の場合にはオランウータン科は消滅する。

上述の通り利便性から、ヒトという「自らの所属する種を除いたヒトの類縁種をこのように呼ぶ」というだけであり、類人猿とそれ以外を区別する明確な生物学的根拠は無いことに注意が必要である。また図鑑等では「類人猿=オランウータン科」の説明が残っている例もあるが、混乱しないように注意するべきである。生物学的には類人猿とは呼ばずに、これらのグループにヒトも含めるのが妥当である。

大型類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボは野生で絶滅の危機に瀕している。性成熟が遅いこと、森林伐採などによる生息地の減少や分断、密猟が大型類人猿の減少の原因である。

2009年04月28日

座頭相撲

座頭相撲(ざとうずもう)とは、盲人同士、また盲目の男性と晴眼の女性との取り組みによる相撲興行である

旅行・水族館関連旅行・宿泊情報総合
マイルドキレイ・美容ネット
ミッキーウォーカー マネー経済ガイド
アクアランド住まい生活情報
ハゲ治療・包茎関連健康家族検索エンジン
とれんでぃショッピングスタジオCOM
教育・学習指導関連学習らんどナビ
キャンプ場・ホテル関連国内旅行特集総合
必殺コスメチック情報
リンケージン 経済ガイド
アンティライフ暮し百科情報

永享2年、江戸両国で興行されたのが最初である。永享3年の「俳諧時津風」に「座頭角力」という題で「のばす手はなでるやうなる柳かな」とあり、明和年間に最も流行したらしく、「街談録」明和6年の項に「浅草寺境内盲の角力、盲と女角力」とあり、「浪華見世物年鑑」明和6年の条に「難波新地曲馬前にて盲人角力、坂町裏にて盲人と女角力」とあり、同年の「続談海」に「当年両国橋にて座頭の角力取をいたし大に時行る」とある。座頭(盲人)が土俵上で手探りで取り組むさまがおかしがられ、当時の人々に喜ばれた。また、盲人男性と晴眼女性との取り組みが一部の好色な常連の見物の評判を得て、座頭相撲の単独興行は行なわれなくなり、安永頃からは衆人環視の中で醜態を演じることが再三あり、そのために禁じられた。文政になって盲人と女性との相撲興行の一団が組織され、大坂下り江戸両国広小路における興行が文政9年、引き札に添えて番付を配り、高い評判を博したが、その後、人気は座頭相撲から女相撲に移り、ついに明治5年、男女相撲の見世物が差し止められた。

2009年04月13日

呉 漢(ご かん、? - 44年)

呉 漢(ご かん、? - 44年)は後漢の武将。字は子顔(しがん)、南陽郡宛の人(『後漢書』列伝8・本伝)。後漢・光武帝の功臣であり、「雲台二十八将」の第2位に序せられる

家は貧しく、県に出仕して亭長となるが、その賓客が法を犯したため戸籍を脱し、彭寵[1]と共に漁陽に逃げ、馬を商うなどして幽州に暮らし、地元の豪傑と誼を結んだ。

更始1年(23年)更始帝の使者によって、彭寵は漁陽太守、呉漢は安楽令となった。その12月に邯鄲に王郎が兵を興すと、もとより更始帝 の行大司馬劉秀に付くべき考えていた呉漢は、劉秀の檄文を捏造し、王郎は偽者でどこかしこも劉秀に帰属していると、或る者に言わせる謀略によって、漁陽太守の彭寵や官僚を信じさせた。同郡の蓋延・王梁、更に上谷郡の将景丹・寇恂・耿弇と共に、王郎の軍を撃ち、広阿で劉秀の軍に合流した。偏将軍に任じられ、劉秀が王郎の邯鄲を討った後に列侯に封じられた。更に劉秀が幽州から兵を発する際には大将軍に任じられ[2]、更始帝の幽州牧苗曽を右北平郡に斬って、その軍を奪い、更に兵を集め、銅馬軍を追う劉秀本軍に合流した。また岑彭と共に更始帝の尚書令謝躬を魏郡鄴に斬った。

建武1年(25年)、呉漢は諸将と共に図讖を劉秀に献じ、劉秀に皇帝に即位することを促した。即位した光武帝は、呉漢を先の苗曽・謝躬を斬った功によって大司馬と為した。

建武2年(26年)、九将[3]を率いて流賊の壇郷を破って降した。功によって広平侯となり四県を賜った。

建武3年(27年)、二将[4]を率いて流賊の青犢を破って降し、また七将[5]を率いて、当時の群雄の1人劉永の将蘇茂を破った。

建武4年(28年)、流賊の五校を破った。

建武5年(29年)、耿弇を率いて富平・獲索の賊を破り降した。また劉永の遺児劉紆を捕えた。

建武6年(30年)、東海郡の群雄であった董憲を降して洛陽に凱旋し、叛乱した隗囂に備え長安に駐屯。

建武8年(32年)、光武帝の隗囂親征に従い、隗囂を岑彭と共に囲むも公孫述の救援のため長安まで撤退。

建武9年(33年)、四将軍[6]を率いて、群雄盧芳の将賈覧を撃つも勝たず。翌10年(34年)、王覇等五将軍[7]を率いて、賈覧と匈奴の連合を退けた。

建武11年(35年)、岑彭を率いて、蜀の公孫述を討つ。岑彭が暗殺された後は、全軍を統括して、翌12年(36年)、遂には蜀・公孫述を滅ぼした。

建武18年(42年)、二将軍[8]を率いて、叛乱した蜀郡守将史歆を討った。

建武20年(44年)、逝去し、有司が武侯を奏上するも、光武帝により忠侯と諡された。

人柄・逸話 [編集]
朴訥な人物であるが、勇猛で知謀ありと鄧禹によって見出された。
朝廷では明察で謹厳質朴と見られ、戦場ではいつも冷静で挫ける事が無く、光武帝は呉漢を見れば安心できたと言う。
鬲県の攻略の際、鬲県の豪族たちがその長を追い出して反していたので、諸将が攻めるを請うも呉漢は「これは長の罪、軽々しく兵を進めるな」と許さず、この長を探させ捕えて城中に詫びさせ、無血開城させた。諸将はその知略に感服した。
建武2年、光武帝から宛の董訢の討伐を命じられたが、宛へ向かう途中で略奪を働く。故郷の新野(南陽郡)を呉漢に荒らされた同僚の破虜将軍鄧奉は、激怒して呉漢を撃破し、漢に叛逆した。
蜀の攻略時、公孫述、延岑の一族を皆殺しにしただけでなく、配下の兵に掠奪を許し、宮室を焼き、光武帝は譴責している。この禍根が後に蜀の叛乱につながった。
平時に光武帝が様子見させると武具の手入れをしていて、常に戦いに備え、何時でも出陣できた。

ナーゼ リズム チェリ ゲバラ 津田かぶ ハニカム ロジック ニーネ フィギ メートル ドニヒリズム チェーサー はこべ ジレン ジェミニ 次郎柿 ブリク テクノロ きない ニップレス ケイン そらの木 ギリソウ カレッ ヤルタ ミムルス 希望の橋 イメクラダ ブック ナチス ラーメ 幸福 ローボール かっさい シュリン オステ けたあみ バシリ ノニオ スイレ かめだ 西条柿 テント 小指 サイトミニ ばれいし デジパー ドライ マグネット バロメ

2009年03月29日

超合金 装着変身仮面ライダークウガ

バンダイホンコン版は放映終了後に発売された為、ライジングフォームの素体がベースになっている。

マイティフォーム&グローイングフォーム(2000年1月)
ドラゴンフォーム(2000年3月。装備と固定ポーズフィギュアのみ)
ペガサスフォーム(2000年3月。装備と固定ポーズフィギュアのみ)
タイタンフォーム(2000年4月。装備と固定ポーズフィギュアのみ)
ライジングフォームセット(2000年8月。アクションフィギュアと四種類の装備のセット)
アルティメットフォーム(2000年10月。敵怪人ゴ・ガドル・バのフィギュアが同梱)
アメイジングマイティフォーム(香港のみで発売)

超合金 装着変身仮面ライダーアギト [編集]
装着変身1 仮面ライダーアギト 3フォームセット(2001年2月)
装着変身2 仮面ライダーG3(2001年3月)
装着変身3 仮面ライダーギルス(2001年4月)
装着変身4 仮面ライダーG3-X(2001年7月)
香港版は装備品が異なり、DXガードチェイサー用パーツも付属しない。
装着変身5 仮面ライダーアギト シャイニングフォーム(2001年9月。バーニングフォームにも変身可能)
装着変身シリーズ アクション3怪人セット(2001年6月。アギトに登場した三怪人、ジャガーロード、トータスロード、スネークロードのフィギュアセット)

超合金 装着変身SERIES(旧シリーズ) [編集]
ライダーマン、Xライダーも企画されていたものの試作段階でストップしている。

仮面ライダークウガ マイティフォーム(2001年3月)
仮面ライダー旧1号(2001年3月)
仮面ライダー新2号(2001年3月)
仮面ライダーV3(2001年3月)
仮面ライダーアマゾン(2001年6月)
仮面ライダーストロンガー(2001年6月)

超合金 装着変身SERIES(新シリーズ) [編集]
仮面ライダー龍騎シリーズ

ごく一部の武装が、R&Mシリーズと同一造型。
仮面ライダー龍騎(2004年7月)
仮面ライダーシザース(2004年7月)
仮面ライダーナイト(2004年11月)
仮面ライダーライア(2004年11月)
仮面ライダー王蛇(2005年1月)
仮面ライダーガイ(2005年1月)
仮面ライダーゾルダ(2005年3月)
仮面ライダーインペラー(2005年3月)
仮面ライダーオーディン(2005年4月)
仮面ライダーベルデ(2005年4月)
仮面ライダータイガ(2005年10月)
オルタナティブ(2005年10月)
仮面ライダーファム&仮面ライダーリュウガ(2005年12月/ファムはシリーズ初の女性素体)
仮面ライダー龍騎サバイブ(2007年6月)
仮面ライダーナイトサバイブ(2007年6月)
仮面ライダー555シリーズ
富有柿 クイッ リブート フットサ ラインス メスズ ファズ検索 ドックス イエロ ウィン だんがい ダーティー セント テープ サーチケ パラノイ モーゲージ ユーロ ムード ニュース チロロ レチノ サキソニ リピー プブック ヘデラ みそぎ タンバ 天王寺 火の鳥 イツァ タンタル はしゅ バイヤヤー レディネス フライト スロイス トレモロ 超特急 こたん はたけやま 応和 サウス テーベ シャレ トゴス スコッチ リーデー オフェンス ゲンノシ

仮面ライダーファイズ(2004年6月)
仮面ライダーカイザ(2004年6月)
仮面ライダーデルタ(2004年12月)
仮面ライダーサイガ(2004年12月)
仮面ライダーファイズ ブラスターフォーム(2006年6月)
仮面ライダーオーガ(2006年6月)
仮面ライダー剣シリーズ

仮面ライダーブレイド(2004年8月)
仮面ライダーギャレン(2004年8月)
仮面ライダーカリス(2004年9月)
仮面ライダーレンゲル(2004年9月)
仮面ライダーブレイド キングフォーム(2005年6月)
仮面ライダーグレイブ(2005年6月)
仮面ライダー響鬼シリーズ

仮面ライダーヒビキ(2005年3月/アギト以来のCM付きリアルタイム発売)
仮面ライダーイブキ(2005年4月)
仮面ライダートドロキ(2005年6月)
仮面ライダーヒビキクレナイ(2005年8月/ヒビキのリペイント商品)
仮面ライダーザンキ(2005年9月/トドロキのリペイント商品)
仮面ライダーアームドヒビキ(2005年10月)
仮面ライダーカブトシリーズ

マスクドフォーム&ライダーフォームの2形態に換装可能なシリーズ。ディスプレイ用の素体が付属。
仮面ライダーカブト(2006年3月)
仮面ライダーザビー(2006年4月)
仮面ライダードレイク(2006年5月)
仮面ライダーサソード(2006年6月)
仮面ライダーガタック(2006年7月)
仮面ライダーカブト ハイパーフォーム(2006年10月)
仮面ライダー電王シリーズ

このシリーズ以降、素顔の頭部を廃止。
仮面ライダー電王 ソードフォーム(2007年3月)
仮面ライダー電王 アックスフォーム(2007年4月)
仮面ライダー電王 ガンフォーム(2007年4月)
仮面ライダー電王 ロッドフォーム(2007年5月)
仮面ライダーゼロノス アルタイルフォーム・ベガフォーム(2007年8月)
仮面ライダー電王 プラットフォーム&モモタロスイマジン(2007年9月)
仮面ライダー電王 ライナーフォーム(2007年11月)
仮面ライダーゼロノス ゼロフォーム(2008年2月)
仮面ライダーキバシリーズ

仮面ライダーキバ キバフォーム(2008年3月)
仮面ライダーキバ ガルルフォーム(2008年5月)
仮面ライダーキバ バッシャーフォーム(2008年5月)
仮面ライダーキバ ドッガフォーム(2008年6月)
その他のシリーズ

宇宙刑事シリーズ
宇宙刑事ギャバン(2005年9月)
宇宙刑事シャリバン(2006年1月)
宇宙刑事シャイダー(2006年1月)
GARO-牙狼-
ガロ(2006年3月)
仮面ライダー THE FIRSTシリーズ
仮面ライダー1号(仮面ライダー THE FIRST)(2006年4月)
仮面ライダー2号(仮面ライダー THE FIRST)(2006年4月)
サイズが従来よりも一回り大きくなっている。
仮面ライダーBLACKシリーズ
素顔の頭部を装着ではなく、付け替えで再現している。
仮面ライダーBLACK(2006年10月)
仮面ライダーBLACK RX(2006年11月)
シャドームーン(2006年12月)

2009年03月13日

ホルトバージ国立公園

ホルトバージ国立公園はハンガリー大平原とも呼ばれるアルフェルドの一部で、ハンガリーの東部、デブレツェンの近くに位置する。1973年にハンガリー初の国立公園に制定され、1999年には世界遺産に選出された。ホルトバージはハンガリー内で最大の保護された地域であり、現存する中央ヨーロッパ最大の牧草地でもある。面積は800平方キロメートル。

地形はステップに似ており、畜産業者により乳牛、肉牛、羊、馬が飼育されている。また、様々な種類の野生生物(現在までに342種類の鳥類が登録されている)に適した生息地でもある。 プスタは、中世に森を切り開いたこと、そしてティサ川の水流を調整したことにより、土壌の植生およびPh値が変化したため、現在のようなアルカリ性土壌のステップとなったことが知られている。しかしながら、ホルトバージについては、土壌のアルカリ化は1万年以上前、北の山脈を水源とするティサ川が新たに誕生した頃からすでに進行していた。本来の植物群落は、氷河期には草食の小動物、マンモスや野生の馬によって、また後には家畜によって失われたとされる。
天の浮橋 ワインレッド ルバーブ 優しい響き マナー スピネル うむら タルブロク ドライブ ドマリエ スペツナズ シルク ダンネージ タイフーン かきょう ストリ 薪の音 次世代 スコア ロッジ まいこ ギャンブ リプリン リマーク しまやま フィト マリッジ ラニン オダマキ ジンバク ステップ フリー ストック ムッシュー かまど シンボリ トルクア ブルネイ メクチュ ライト ノッブ ソンブ 道のつづき ミノス マキシム データ ラチア ビンゴ シャド マキザサ

自然環境それ自体でなく、そこに形成された文化的景観が評価の対象となった。

2009年02月25日

トムとジェリー

トムとジェリー(英語原題 Tom and Jerry)は、アメリカ合衆国の映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM) に所属していた、ウィリアム・ハンナ (William Hanna) とジョセフ・バーベラ (Joseph Barbera) が制作したアニメーション、カートゥーン。略称は「トムジェリ」(ワーナーHPより)「TJ」など

その後、ジーン・ダイッチ (Gene Deitch) やチャック・ジョーンズ (Chuck Jones) らによって続編が制作されたが、ハンナ=バーベラの2人による初期の作品に対しての評価がずば抜けて高い。

人気が非常に高い上、子供からも親しまれるキャラクターのため、イメージキャラクターとして使用する企業も多い。

体が大きく凶暴だが、おっちょこちょいでどこか憎めない部分のあるネコのトムと、体は小さいが頭脳明晰で、追い掛けてくるトムを事も無げにさらりとかわすネズミのジェリーのドタバタを、ナンセンスとユーモアたっぷりに描いた作品で、アカデミー賞を幾度となく受賞。日本でも、1964年にTBS系列で地上波初公開されて以来、幾度も繰り返し再放送(2007年現在は地方の民放やCSなどで放送されている)、ビデオとDVDも数多くリリースされ、非常に馴染みの深い作品である。プレイステーション・ポータブル向けのUMDとしてもリリースされており、こちらはワーナーのUMD980円キャンペーン時に最も高い売り上げを誇っている。なお日本のテレビ放送ではトムとジェリーの双方に声優が付いたが(テレビ朝日版の「新トムとジェリー」を除く)、元々は例外的な一部作品を除いて明確な台詞はなく、ナレーターの他は叫び声や効果音・音楽のみ(まれに歌声)で構成されていた。

劇中のパイの投げ合いなど、このアニメに於けるドタバタは、後年製作されていくテレビのお笑いバラエティ番組などにも、少なからず影響を与えていると見られる。『8時だョ!全員集合』では、日本のバラエティ番組で初めてパイ投げが用いられるなど、特にザ・ドリフターズの番組にそれが見受けられるようである。

また、現在ではぬいぐるみや文房具など、キャラクター商品でも人気が出ている。最近では、作品をモチーフにしたCM(日本生命の保険口座「生きるチカラ」)も放映されているほか、みちのく銀行(青森県)・十六銀行(岐阜県)等一部の金融機関、西日本旅客鉄道(JR西日本)のコーポレートキャラクターにも採用されている。キャラクターゲームとしても度々題材に選ばれるなどしている。

誕生の背景
1930年代後半、当時アメリカでアニメーション、正しく言うならカートゥーンの分野では、ウォルト・ディズニー・カンパニーが人気面で先頭を走っており、これに目を付けた他の映画会社が負けじと、カートゥーンを手掛けることとなった。MGMも例外ではなく、新しいカートゥーンを創るべく、先述のウィリアム・ハンナ、ジョセフ・バーベラの2人のアニメーターに製作を依頼。こうして誕生したのが「トムとジェリー (TOM and JERRY)」であった。

だが当初、この猫と鼠の追い掛けっこをモチーフにしたカートゥーンは、現場サイドでの評判は決して良くなかったと言われている。そういった背景の中、1940年に第1作目「上には上がある (Puss Gets the Boot) 」をアメリカで公開。ただしこの作品が初めて公開された当時、"TOM and JERRY"というタイトルは付けられておらず、トムは別名の「ジャスパー (Jasper)」、ジェリーに至ってはまったく名前が付けられていなかった。製作も、お馴染みのハンナ=バーベラの2人の連名ではなく、ルドルフ・アイジング (Rudolf Ising) という、全く別の製作者の名前が冒頭で公開されていた。このあたりに、当初置かれていた「トムとジェリー」の立場というものが窺い知れる。

しかしいざ公開すると、この作品の人気が瞬く間に上昇し、ハンナ=バーベラの2人のアニメーターの名をアメリカ中に轟かせる結果となった。

なお、現在ではなかった話になっているが、もともとトムとジェリーは、大人向けのコミカルな風刺映画として公開されていた(新聞の4コマ漫画や風刺漫画のような)ものである。 当時のアメリカの映画館では、典型的な娯楽映画以外にも、テレビを持てない労働者向け、あるいは戦時中にはプロパガンダも兼ねてニュース映画なども上映されており、これらの上映時のフィルムの架け替えの時間を埋める作品として製作された。 1話の時間が短いのはそのためである。なお日本では、毎週・毎日放送する連続テレビアニメとして放送されたが、原作は不定期で年に数本の製作である。

従って、公開年次と内容をよく観察すると、作品一つ一つにその当時の社会風俗の描写、あるいは社会風刺が入っている。 風刺には、大都会へ上京したジェリーが、結局は都会に馴染めずに郊外の田舎に戻るといった分かりやすい物から、閑静な住宅街に住む黒人が飼い主として描写されているエピソード(当時のアメリカの状況を考えると、これは殆ど不可能)といった、現代の視点では一見気づき難いが、実は微妙な描写まで様々である。そもそも、タイトルの「トムとジェリー」自体が、アメリカ(あるいはイギリス)とドイツの当時の俗称である(* トムとジェリー (曖昧さ回避)も参照のこと)。

現代では、アメリカでも、普通のスラップスティックなアニメとして鑑賞されることも多いが、ある程度の年配者やアメリカの社会風俗を学んでいる人に対して、トムとジェリーを幼年向けのアニメ文化という前提で話すと困惑されるので、話題にする際は注意が必要である。

登場キャラクター
トム
ドタバタコンビの一方。猫。正しくは"Thomas Cat (トーマス・キャット)"。色はグレーまたは水色。ジェリーをいじめることが好きだが、実はジェリーがいないととても寂しがるセンチメンタルな面も持ち合わせている。また、ジェリーとの共通の敵が表れると、共同作戦をすることもある。製作時期により顔の形、色が若干異なる。また、雌猫(トゥードル)に対して、非常に惚れっぽい一面も持っており、親友でもある野良猫のブッチとは恋の鞘当てを演じることもある。ちなみに両利きである。

音楽の才能に長け、特にピアノの演奏は絶品であるが(足の指でリストを弾けるほど)、指揮者としての才能はドタバタ劇の末、ジェリーに負けてしまう。しかし、プロの指揮者の形態模写は、過去二回の指揮振りを見る限りでは完璧であった。また、オーケストラの楽器の大半をこなすことができるほど、楽器への順応性が強い。なぜか大富豪の遺産を引き継ぐこともあるが、ジェリーの悪戯により相続を台無しにされることもある。

運動神経もはっきり言って異常ともいえるほどで、テニス、ボウリング、サーフィン、ビリヤード、やり投などレパートリーも広い。特にビリヤードではプロ顔負けのドローショット(引き球)を披露する。またバンクショットの名手であり、イージーボールでも必ずクッションを使う。ただし、ゴルフはPAR4で33打たたくなど、得意ではないようだ。水泳も大の苦手にしていたが、新作などで普通に泳いでいることから、現在は克服しているようだ。

軽業のような妙な芸当にも秀でていて、ジャグリングなどを披露することもしばしばだが、これは専らジェリーに遊ばれている時に急場を凌ぐための芸当であることが多く、大抵は途中でジェリーに邪魔されて散々な結果に終わる。また、倒立の状態で、手の指だけで進むことができる。

ミルクと魚(缶詰類も含む)が大好物だが、ジェリーの大好物であるチーズは苦手である。

ジェリーの穴やビリヤードのポケットなど、空間をねじ曲げることができる。

ジェリーの仕掛けた罠によく尻尾を挟まれるが、この時すさまじいまでの叫び声をあげる(大きく分けて「オゥーッホッホッホッ!」「アアアアアアアーーー!」の2種類がある)。マッチを擦るときはなぜか自分の尻で擦る。ただしこれはトム特有ではなく、ジェリーも同様に自分の尻を使うことがある。なお1940年当時のマッチは何に擦っても、火が点いた。

「首切りの刑」・「車にひかれる」・「高い場所から落ちる」等の行為によっても死なない不死身の猫である(マンガ物理学)。

物を作るのには才能があるらしく、作品によっては「ネズミ捕り機(失敗)」・「レースカー」・「ロケット」等を作ったことがある。

飲酒や葉巻を吸っているシーンから、人間年齢では成人していると思われる。そのためか体力があまりない。酔っ払ってる間は平常時とは反対にジェリーに対して友好的となる。

ネズミ嫌いで、トムそっくりのいとこがいる。

下着(?)としてランニングシャツと猿股を着用する。ブッチはじめ他のネコは、猿股だけか下着そのものを着ないことが多い。

作品によっては、世界猫連盟の事務総長、ねずみ取り選手権のチャンピオン。

ジェリー
ドタバタコンビの一方。鼠。正しくは"Jerry Mouse (ジェリー・マウス)"。色は茶色。劇中、ハツカネズミに間違われることもある。トムに悪戯をすることが好きだが、トム同様、実はトムがいないととても寂しがるセンチメンタルな面も持ち合わせている。このため、トムが家から追い出されるとトムが家に戻れるように画策することもある。従兄弟のニブルスをトムがいじめたとき、脅威的な力を発揮することもある。空手や柔道などの格闘技の素養もある。両利き。

チーズが大好物だが、別段偏食はしない。文筆の才能に秀で、自ら手掛けた小説が大ヒットし、5万ドルの印税を手にしたこともある(トムと折半)。剣の腕前はトムと互角だが、ニブルスが加わることにより(加勢というよりはジェリーの邪魔ばかりしているのだが)トムに勝ってしまう。また、ダンスの腕も一流である。

普段はマッチ箱や菓子の箱などを利用した家具、オイルサーディンの缶でできたベッドのある(両親らしき写真も飾ってある)壁の鼠穴に住んでいるが、その旺盛な食欲を満たすために冷蔵庫や食卓を蹂躙する。また、家中のありとあらゆる場所に非常口とその経路を張り巡らせており、金庫の中さえも進入することができる。これによって、トムの隠したミルクを強奪したこともあった。

力持ちで、ジェリーそっくりのいとこがいる。

いかなる場所に閉じ込められても必ず脱出できる。その脱出劇はイリュージョンさながらであり、トムをたびたび驚愕させる。携帯できるのこぎりのようなものを常備しているとも考えられる。トムがジェリーを飲み込んだ話もあったが、その時はジェリーはトムの鼓膜をぶち破って脱出している。

作品中では、圧倒的な勝率を誇り、トムの攻撃を完封することもあった。しかし、物語の序盤または中盤では劣勢なものの、最後に巻き返す作品が大半である。ジェリーが敗北する作品は実に3本ほどしかない。

飲酒や葉巻を吸っているシーンから、こちらも人間年齢では成人していると思われる。息が切れやすい。

その他
トムとジェリーを語る上で重要視されているものに、脇役の存在が挙げられる。事実、ハンナ=バーベラ第1期には、ニブルスやスパイク、ブッチなど、個性的な脇役たちによって、話を盛り上げていくこともしばしばあった。

ニブルス(ジェリーの従兄弟、または孤児)
タフィーという別名(類似の別のキャラクター?)もある。また、インディアンの恰好をして、2匹登場することもある。灰色で、大きな安全ピンで留めたおむつを着用している点が特徴的。ジェリーとともに、トムとフェンシング対決をすることが多い。
このキャラクターの登場する話は、数あるトムとジェリーの話でも特にドタバタの激しい点が挙げられる。アカデミー賞を獲得した「パーティ荒し(The Two Mouseketeers)」などは、その最たる例と言えよう。
なお、ジェリーの従兄弟はニブルスの他にもう一匹腕力の強い者(Mr.ダイナマイト)がいる。
スパイクとタイク(ブルおじさんと息子)
もともとは凶暴なキャラクターとして登場したスパイクだが、登場回数を重ねていく毎に性格が次第に丸くなっていった。子供を授かったあとその傾向が強い。子供のタイクを授かっているが、なぜ子供が誕生したのかは謎のままである。骨を好物にし、しばしばそれを舐めているが、この骨を巡るドタバタ劇もある。怪力で努力家であるが、割と間抜けな面も持ち合わせている。諸般の事情でトムをしばしば目の仇にするが、これを出し抜こうとするトムとのやり取り(更にこの試みを邪魔するジェリー)を軸に展開するストーリーも多い。ジェリーとは比較的友好関係にある場合が多いものの、そのジェリーによっても散々な目に遭うこともある。
なお、登場する話によっては、スパイクという名前ではなく、キラーやブッチ(トムの悪友の名前)という名前で登場することもある。また、「天国と地獄」では、地獄の釜ゆでの番人役も務めている。毛皮は灰色であるが、服のように脱いだりすることができる。
彼らが登場する回で、一度だけトムが勝利した作品がある。ごくまれにだが、トムと共同戦線を張ることがある。
初登場時の「共同作戦」ではかなり凶暴でトムはおろか、ジェリーにも吠え付いた。
後にスパイクとタイクは「Spike and Tyke」という作品でスピンオフしている。
トムの悪友(ブッチ他)
悪友の代表格である野良猫のブッチ(黒猫、時に赤毛)はしばしばトムと恋人を巡って争う関係で、自信家で喧嘩も強い。どちらがジェリーを食べるかで揉めることもあるが、一緒に遊ぶこともある。テニスもうまい。ブッチが単独で登場する際は、最初に、「虹の彼方に (Over the Rainbow)」を口ずさんでいたり、BGMとして流れたりすることが多い。
その他にも、赤い猫や茶色い猫、灰色の子猫など、複数の野良猫が登場する。ブッチ同様に敵として登場する回もあるが、仲間として登場する回もあり、彼らとのパーティーで行ったジャズセッションはかなりのものであった。赤い猫は「ジョー」、茶色い猫は「フランキー」と呼ばれていたシーンが存在するが、これらのキャラクターは話や翻訳によって名前が変わることがあるので、正しい名前は定かではない。
雌猫(トゥードル他)
優美な白猫で、主にトムとブッチを誘惑しては、彼等の友情と恋仲を天秤に掛けさせる存在。ちょっと太目で子供っぽいトゥーツなど複数が登場する。時々ジェリーとも仲が良かったりする。
金魚
金魚鉢などに住んでいる。ジェリーと親友であることが多いが、ブッチが狙っていて、主人に怒られることを怖れたトムが守ることもある。
アヒル
全く泳げなかったり、トムを母親と思い込んだり、童話を読んで鬱になり自殺願望からトムに食べられたがったり、アヒルは冬になると南へ飛ぶものだと思い込んだりする、登場する話によってキャラクターも様々な子供のアヒル。黄色い毛。ぐちっぽくて傍迷惑な泣き虫であることが多い。猫をも恐れぬ気の強い母親アヒルがいる。
カナリア
勇敢な性格で、ジェリーの友達。ジェリーの危機にボウリングの球を持って飛ぶなど、意外と力持ちである。物理が得意。
キツツキ(啄木鳥)
木製製品なら何でも粉々にしてしまう嘴を持つキツツキの子供。生まれたばかりの時にジェリーを見て母親と思い込む。数学が得意。
主人(男性・女性)
白人夫婦・赤ちゃんもいるようだが、あまり登場しない。よく出かける。男性の方は無類のイヌ派でもあるようだが、女性の方は小さくか弱い生き物が好きなようだ。その点で何故トムが飼われているのかが謎となるが、どちらもいたって動物好きのようではある。犬と猫・猫と小鳥や金魚やハツカネズミと仲良くするよう言い付けるなど少々無茶な要望をする、のんき家族である。
お手伝いさん
登場すると足や手しか見えない・全身が出たのは後姿のみで、顔が出たことはない大柄で気の強い黒人女性。トムの飼い主にも見えるが、イタズラしたトムには容赦がない(実際はジェリーのイタズラなのだが)。野球の外野手顔負けの、遠投の名手でもある。腕力も相当なものがある。ネズミが大嫌いなため悲鳴を挙げてしまうほどで、しばしばトムとジェリーの追い掛けっこに巻き込まれては散々な目にあっているほか、時々ジェリーにからかわれている。しかしそれでもジェリーを家から追いだしたことがある。コントラクトブリッジに目が無いようだ。お手伝いさんというわりには家でパーティーの準備をしたりしている。寝室は家の二階。入れ歯をしているらしいが、いつでも元気いっぱいである。
ジョージ
トムのいとこでトムそっくり。ところがネズミ恐怖症。トムと団結してジェリーを撃墜した。トムが勝利する数少ない作品に登場した。
アンクル・ペコス
ジェリーのおじさんで、TV出演のためテキサスからやってきた。トムのヒゲを弦に欲しがる。
ライオン
サーカスから逃げてきた気の弱いライオン。
子象(ジャンボ)
列車から転げ落ちた子象がジェリーと仲良くなる。全身にペイントを施して巨大ネズミに変装し、トムを大いに慌てさせた。

サーカスから逃げてきた熊。音楽を聴くと踊り出す。
オットセイ
サーカスから逃げ出したオットセイ。ジェリーと友達になる。
白いネズミ
研究所で作られた新型爆弾を食べたネズミ。ジェリーがこれのマネをした。
蟻の群れ
ボライズ ピーマン ストー トラ!トラ! ルワン クッツ フーリガン チレース ディーピー マルガリ カツレツ ストアブ オルゴ れいほく ステップ びゃくぐん 横野柿 ストア テーマ サルバド アクティブ ピンぼけ マドラー スコップ スメグマ ドティー スローフ レンチ フェン スロー ミリオン ブカレスト ロボトミ セラム 平和の種 ベルト ヤプー もらーど デンマーク サーンチー ピアノ はちろ パラソル スキップ ランダム モンブ ぶなしめじ セニョーラ ボンボン イアル

行進曲とともに現れる蟻。なぜか頭の部分が赤い。ステーキ肉や果物・野菜・サンドイッチなど、ありとあらゆる食料品を強奪していく。その集団力は驚異的なもので、誰も阻むことができない。また、小さい身体にしては歩く時の衝撃が非常に大きく、トムが乗っているハンモックをも地震のように揺らすほどである。先頭のリーダーと思われる蟻はなぜかラッパのようなものを持っている。

2009年02月08日

パーンディヤ朝

パーンディヤ朝(-ちょう、Pandya、発音としてはパーンデャ)は、紀元前後から3世紀頃、6世紀末から10世紀初頭、12世紀末から14世紀初頭にインド南端部で繁栄したヒンドゥー系王朝の名称。首都はいずれもマドゥライだとされている。とくに12世紀末から14世紀初頭に繁栄し、チョーラ朝を倒した王朝については以前の王朝と区別して後期パーンディヤ朝と呼称する場合もある。
パーンディヤ朝に関する最古の記録のひとつに紀元前3世紀のマウリヤ朝のアショーカ王による 紀元前273年から 同232年の間に刻まれた 磨崖詔勅の銘文が挙げられる。またMinakshipuramで、ジャイナ教徒に苦行で用いるための石を切り出してつくった寝台の石に紀元前2世紀から1世紀と同定できる銘文が発見され、ネドゥンジェリアンが登場する。同時期のパーンディヤ朝の鋳造貨幣の銘文にもこの王の名を見つけることができる。 一方、ヨーロッパ側にもメガステネスによるパンダイヤ伝承(ヘラクレスが娘のパンダイヤにインド南部を支配させ彼女の支配した地域もパンダイヤと呼ばれた。)やプリニウスによる女王国伝承(インドのパンダエ王国は女王のおさめる国であるというもの)が残されている。これは、南インドに現在でも女性を族長とする部族がいるが、そういった情報が歪んだ形でヨーロッパに伝わったためと考えられている。ストラボンは、紀元前22年にローマ帝国にパーンディヤ朝からの使者が来訪したという記録を残している。 パーンディヤ朝は、最初コルカイというインド亜大陸南端部にあった港の支配者であったが、やがてマドゥライに遷都した。
王様 ケルピ つまごい まさめ ドンタ ラドン スラグ リリース れんがいろ イグアナ ジーユー プロデュポ 寛仁 日野菜 かやべ 睡蓮 リサーチ 鳥のくちばし ながぬま ロット シンビ ロゼ オフデイ トラン ナノチュ シエスタ サンリ ハイル ドルメン シンデレラ せーじ フットギア アムス チャル 雪うさぎ ファム あんず ディレッ ランプ マチュピ とうゆう 竜馬の如く イカオ 春夏秋冬 モンスーン ムイズ しゅくや ユニテリ リードオ パーセク

紀元後60年から 100年頃に書かれた「エリュトゥラー海案内記」には、パーンディヤ朝に関して豊富な記述をみることができる。例えば「ネルシンダ(Nelcynda)は、ムツリス(Muziris)と川を隔てた場所にあり、海辺から500スタジア離れた場所にある。そしてもうひとつの王国、パンディアンに属する町である。パンディアンは、川のそばに位置し、海から150スタジア離れた場所にある。」と書かれている。 しかし、紀元前後から3世紀頃のパーンディヤ朝について詳しい記録を残しているのは、やはり、パーンディヤ朝の首都に建てられた文芸院シャンガムの会員であった詩人たちによるシャンガム文献(作品)やセイロンの史料である。パーンディヤ朝の君主たちは、伝説上の「シャンガム」学芸院を保護したと伝えられ、パーンディヤ朝の君主たちの中にもシャンガムの詩人がいたとされる。

シャンガム文学には、たくさんの詩人たちによってパーンディヤ朝の王たちの業績が伝えられている。「タライヤランガーナム(Talaiyalanganam)の戦いの勝利者」と呼ばれるネドゥンジェリアン、「アーリヤ軍の征服者」と呼ばれるもう一人のネドゥンジェリアンなどの王の業績がシャンガム文献の中で語られている。アカナヌール(Akananuru)やプラナヌール(Purananuru)の中に見られる短い詩だけでなく、10の長詩パットウパットウに含まれるマスーライカーンシー(Mathuraikkanci)とネドゥナルヴァダーイ(Nedunalvadai)という2つの長大な作品にもシャンガム時代と呼ばれる1世紀から3世紀のパーンディヤ朝の社会の様子や商業活動を垣間見ることができる。

ただし、シャンガム時代のパーンディヤ朝におけるできごとの正確な年代を知ることは非常に困難である。残存しているシャンガム文献の時代すら決定するのが困難なのである。 例外なのは、いわゆるシャンガム時代より後の時代に書かれたものであることで共通認識されている長編叙事詩であるシラヴァーティハーラムと仏教に関する叙事詩であるマニメーハライであって、これらの詩が、すばらしい名詩の形態をとりながら私たちに歴史を伝えてくれる。それぞれの詩からは、詩人の記した本の「奥付」にあたる「日付」や詩の主題になる出来事、詩に関係する王や族長の名前やその時代の業績についての賛辞を見つけることができる。 詩人を援助した多くの王や族長の名前を詩の「日付」やまれに詩そのものの本文から見つけることができる。しかし、同時期の異なった王統をお互いに付き合わせて並べてみるという作業は、史料の混乱や「日付」の史料価値に疑問を呈する研究者もいて、実証には非常な困難がつきまとっている。

紀元前43年から同29年までパーンディヤ朝がセイロンを支配したという記録、2世紀にはチョーラ朝のカリカーラ王に従わされていたが、210年ごろの王であるネドゥンジェリアンがチョーラ朝とケララにあったチェーラ朝の連合軍を破ったという記録がある。このようなパーンディヤ朝の繁栄をささえたのは、スリランカとインドの南端の海岸で行われた真珠の養殖で、当時世界でも最高級の真珠が生産されていた。真珠の取引を中心としたローマとの海外交易で、パーンディヤ領内と思しき遺跡からはおびただしいローマ貨幣の出土をみることができる。 シャンガム時代に並行ないしややおそい時期の諸外国の記録として、中国の魚豢によって書かれた3世紀ごろの『魏略』に「パンユウ王国」についての記述があり、「パンユウ王国は、ハニューワングとも呼ばれ、天竺の南東数千里の場所に位置する。ハニューワングの人々は、背が小さく中国人と同じくらいの背丈である。」と書かれている。 また ローマ帝国の「背教者」と呼ばれる皇帝ユリアヌスの時代、361年にパーンディヤ朝からの使者が訪れている。ローマ帝国の交易センターは、パーンディヤ領のヴァイハイ川の河口で、マドゥライの南東に位置するアラガンクラムにあった。パーンディヤ朝は、プトレマイオス朝エジプトと交易関係があって、プトレマイオス朝滅亡後はエジプトを経由してローマと通交があった。また前述のように3世紀の中国とも通交があった。1世紀の古代ギリシャの歴史家ダマスカスのニコラウスは、初代皇帝アウグストゥスの治世である西暦13年にダマスカスで、インドの王「パーンデォン」若しくは「ポールス」によって遣わされた使者に会っている。

南インド諸王朝との抗争
4世紀から6世紀のパーンディヤ朝の様子は審らかでないが、北方のマイソール地方から来たというカラブラ族の支配を受けたために独自の記録がないためである。パーンディヤ朝の刻文史料には、カラブラ族は仏教やジャイナ教を保護してパーンディヤ王がバラモンに与えた村落を奪った悪しき支配者として記録され、そのような支配者からカドゥンゴーン(位560? - 590?,位590? - 620?)が独立を果たしたことが記録されている。カドゥンゴーン王の後継者たちは、西海岸のケララ地方にまで勢力を拡大したが、7世紀末のアリケーシャリ・マーラヴァルマン(位640? - 674?,位670?-700?) の時代頃からパッラヴァ朝との抗争が激化した。マーラヴァルマン・ラージャシンハ(位730 - 65)のとき、パッラヴァ朝とバーダーミのチャールキヤ朝の連合軍を破り、底力をしめした。ジャリタ・バラーンタカ・ネドゥンジェリアン(ヴァラグナ1世)(位765 - 790?,815?)は、西方のケララ地方のみならず北東のタンジョール地方まで勢力を及ぼし、パッラヴァ朝を脅かした。

次のシュリーマラ・シュリーヴァラバ(位815?,830?- 862)の時代にはセイロンを侵略し、その首都を陥落させる勢いであったが、パッラヴァ朝とラーシュトラクータ朝の連合軍及びセイロン王セーナ2世に挟み撃ちにされて、首都マドゥライは陥落させられ、シュリーヴァラバ王は戦死した。その間チョーラ家のヴィジャヤラーヤ(位846 - 871)が、パッラヴァ朝とパーンディヤ朝が抗争を繰り返す過程で勢力を拡大し、パッラヴァ朝の封臣ムッタライヤル家からタンジャヴールを奪って本拠とした。またヴィジャヤラーヤによって、パーンディヤ朝のヴァラグナ・ヴァルマン2世(位862 - 880)はシュリー・プランビアムで大敗し、ヴィジャヤラーヤの孫のアーディティヤ1世(位871 - 907)は、パッラヴァ朝の内乱に乗じて主君のであるはずのパッラヴァ家のアパラージタを殺害し、その領地を併合した。ヴァラグナ・ヴァルマン2世の孫マーラヴァルマン・ラージャシンハ2世(位900?,905? - 920)もバラーンタカ=チョーラ1世(位907 - 955)に本拠マドゥライを陥落させられ、たよりのセイロンの援軍も破られその版図は併合された。パーンディヤ王は、セイロンに逃れ、セイロンとチョーラ朝はこのことを契機に反目するようになった。マーラヴァルマン・ラージャシンハ2世の亡命により一旦パーンディヤ朝は、滅亡した。チョーラ朝は、チョーラ=パーンディヤと称する太守をマドゥライに置いた。パーンディヤ家はセイロンでの長く苦しい亡命生活を強いられることになる。

4?6世紀のパーンディヤ朝歴代君主
カドゥンゴーン(Kadungon)(位560? - 590?,位590? - 620?)
マーラヴァルマン・アヴァニューシュラーマニ(Maravarman Avani Culamani)(位590? - 620?,位620? - 645?)
シェーンダーン(Cezhiyan Cendan)(位620? - 640?、位645? - 670?)
アリケーシャリ・マーラヴァルマン(Arikesari Maravarman Nindraseer Nedumaaran)(位640? - 674?,位670?-700?)
コーチャダイヤン(Kochadaiyan Ranadhiran)(位675? - 730,位700?-730)
アリケーサリ・パランクサ・マーラヴァルマン・ラージャシンハ1世(Arikesari Parankusa Maravarman Rajasinga)(位730 - 765)
ジャティラ・パラーンタカ・ネドゥンジャダイアン(Jatila Parantaka Nedunjadaiyan)(位765 - 790?,815?)
ラサシンガン2世(Rasasingan II)(位790? - 800?)不明
ヴァラグナン1世(Varagunan I)(位800? - 830?)不明
シュリーマラ・シュリーヴァラヴァ(Sirmara Srivallabha)(位815?,830? - 862):ジャティラ・パラーンタカ・ネドゥンジャダイアンの子
ヴァラグナヴァルマン2世(Varagunavarman II)(位862? - 880?)
パラーンタカ・ヴィーラーナーラーヤナ(Parantaka Viranarayana)(位862?,880? - 900?,905?):ヴァラグナヴァルマン2世の弟
マーラヴァルマン・ラージャシンハ2世(Rajasimha II)(位900?,905? - 920)

終末期のチョーラ朝とホイサラ朝、パーンディヤ朝
後期パーンディヤ朝の栄光と滅亡
しかし、12世紀末になってチョーラ朝がすっかり弱体化してくると、ジャターヴァルマン・クラーシェカラ(位1190 - 1216)がパーンディヤ朝を再建する。これ以降を後期パーンディヤ朝と呼ぶ。次のマーラヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世(位1216 - 1238)は、チョーラ朝を打ち破って心臓部のタンジャブールまで侵攻した。パーンディヤ朝の攻勢に苦しむチョーラ朝は、北西隣のカルナータカ州中南部を支配していたホイサラ朝に救援を求めた。もとよりカーヴェリー川流域の支配をねらうホイサラ朝は、チョーラ朝と同盟してパーンディヤ朝と戦うことになるが、ジャターヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世(位1251 - 1268)は、ホイサラ・チョーラ連合軍を打ち破って、コロマンデル海岸をネロール地方まで北上し、チョーラ朝を首の皮一枚までのところまで追い詰めた。ジャターヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世は、「寺院を黄金で覆った王」という別名を持ち、海外交易の振興によって経済的にも繁栄した。その一例として、『元史』巻210にも、「馬八兒(マバル)の国王は算弾と呼ばれ」との記録も見られ、中国との盛んな交易を物語っている。継いだマーラヴァルマン・クラーシェカラ1世(位1268 - 1309)は、ついにチョーラ朝に止めを刺してこれを滅ぼし、その版図を併呑した。パーンディヤ朝の繁栄は続き、マルコ・ポーロもその繁栄ぶりについて記述している。

しかし、晩年になると、息子たちヴィーラ・パーンディヤ(王位僭称期間1309 - 1345)とスンダラ・パーンディヤ(王位僭称期間1309 - 1327)による王位継承争いが起こり、クラーシェカラ1世自身もスンダラ・パーンディヤによって殺害された。パーンディヤ朝は分裂状態に陥った。時同じくして北インドには、強力なハルジー朝が興り、スンダラ・パーンディヤは、ハルジー朝に援軍を求めた。ハルジー朝のマリク・カーフールは南インドへ遠征軍を率い、ヤーダヴァ朝、カーカティヤ朝、ホイサラ朝の君主を次々に屈伏させてデリーへ連行し、パーンディヤ朝は、1310年、首都マドゥライに侵攻を受けた。ハルジー朝の軍勢が引き返すと、今度はホイサラ朝とカーカティヤ朝の草刈場のようになり、カーカティヤ朝には、カーヴェリ川下流域のティルチラパッリまで進入を許し、チョーラ朝の故地の大半を奪われるような状況にまで陥った。もはやパーンディヤ朝は王朝の実態を留めていなかった。14世紀中葉、ヴィジャヤナガル朝が興るとパーンディヤ朝の版図のほとんどは吸収され、マドゥライにはイスラム王国が建国された。ただし、パーンディヤ家自身は17世紀までティルチラパッリ周辺の小領主として生き残ったようである。

後期パーンディヤ朝歴代君主
ジャターヴァルマン・クラーシェカラ(Jatavarman Kulasekara)(位1190 - 1216)
マーラヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世(Maravarman Sundara Pandya)(位1216 - 1238)
スンダラヴァルマン・クラーシェカラ2世(Sundaravaramban Kulasekaran II)(位1238 - 1240)
マーラヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ2世(Maaravaramban Sundara Pandiyan II)(位1241 - 1251)
ジャターヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世(Jatavarman Sundara Pandyan)(位1251 - 1268)
マーラヴァルマン・クラーシェカラ1世(Maaravaramban Kulasekara Pandyan I)(位1268 - 1309,1311)
スンダラ・パーンディヤ(Sundara Pandyan IV) (王位僭称1309 - 1327)
ヴィーラ・パーンディヤ(Vira Pandyan IV) (王位僭称1309 - 1345)

2009年01月23日

ファイナルファイト

『ファイナルファイト』(Final Fight) は1989年12月にカプコンからアーケードゲームとして発売されたベルトスクロールアクションゲーム、およびそのシリーズの名。

スーパーファミコンを中心に様々な機種に移植され、多数の続編が発売された。

ベルトスクロールアクションゲームの中でも有名で、その全盛を築いた作品。略称はFF。1990年代後半以降の日本ではFFと言えば誰もが『ファイナルファンタジー』を思い浮かべるが、それ以前は『ファイナルファイト』のことを指すことが多かった。

元々はアメリカで大ヒットした対戦型格闘ゲーム『ストリートファイター』の続編をカプコンUSA(カプコンのアメリカ法人)から要望されて、日本におけるベルトスクロールアクションゲームの傑作である『ダブルドラゴン』の影響を受けて製作された。その時の仮タイトルは『ストリートファイター'89』。しかしカプコンUSAが望んでいたのはあくまで対戦型格闘ゲームであって、アクションゲームではなかった。そういう意味ではいわば“期待外れ”な作品であったはずの『ファイナルファイト』だが、『ダブルドラゴン』以来のベルトスクロールアクションの傑作として、同ジャンルに「ファイナルファイトタイプ」という通称を定着させるほどに大ヒットし、さまざまな類似ゲームを生み出すに至った。ちなみに、あくまで対戦型格闘ゲームを欲しがったカプコンUSAの要望で作られたもう1本の作品が『ストリートファイターII』である。

後に本作のキャラクターは敵味方含め『ストリートファイターZERO』シリーズを始めとする他の『ストリートファイター』シリーズにも登場している。しかし人気キャラであるマイク・ハガーは背景キャラとしてのみで、プレイヤブルキャラとしての登場は無い(他シリーズへの登場が全く無いわけではなく、『マッスルボマー』には「マイク・マッチョ・ハガー」のリングネームで登場している)。これはハガーと共通した技を持つザンギエフが登場するためで、ゆえにこの2人の対戦型格闘ゲームにおける直接対決は未だに実現していない。

現在、商標などの全ての知的所有権はカプコンUSAが保持している(『ストリートファイター』シリーズなどと同様)。

シリーズの全世界累計販売本数は320万本[1]。

基本システム
プレイヤーキャラクター3人から1人を選択し、街中を進み、現れる悪人達をパンチやキック、投げや必殺技、武器を駆使して倒して行く。

このベルトスクロールアクションゲームのシステムは、先にテクノスジャパンが発売していた『ダブルドラゴン』が初のはずだが、ベルトスクロールアクションゲームの知名度を一気に知れ渡らせたのは本作であり、後に対戦型格闘ゲームが隆盛するまでは、シューティングゲームと並んでアーケードゲームの定番であった。

横からの視点だが、プレイヤーは上下(奥行きがあり、画面上は奥と手前への移動となる)左右に自由に移動できる。体力は画面上にゲージで表示される。

ファイナルファイト
ファイナルファイト ジャンル ベルトスクロールアクションゲーム
対応機種 アーケード (AC)
スーパーファミコン (SFC)
X68000 (X68k)
メガCD (MCD)
ファミリーコンピュータ (FC)
ゲームボーイアドバンス (GBA)
開発元 カプコン
発売元 カプコン
MCD: セガ
人数 1 - 2人
メディア SFC: 8Mbitカセット
X68k: フロッピーディスク
MD: CD-ROM1枚
FC: カセット
GBA: カセット
発売日 AC: 1989年12月
SFC: 1990年12月21日
ガイ: 1992年3月20日
MCD: 1993年4月2日
FC: 1993年6月11日
GBA: 2001年5月25日
価格 SFC: 8500円(税抜)
X68k 9800円(税抜)
MCD: 8800円(税抜)
FC: 6500円(税抜)
GBA: 4800円(税抜)
売上本数 148万本[2]
表・話・編・歴
シリーズ第1作。1989年にアーケードで発表された後、翌年スーパーファミコンに初移植。さらに後にX68000、メガCD、ファミリーコンピュータ、ゲームボーイアドバンス、プレイステーション2でも移植版が発売された。

平和も秩序も存在しない超犯罪都市「メトロシティ」。マイク・ハガー市長は正義ある街にするため、メトロシティを牛耳る暴力集団「マッドギア」に徹底的な弾圧を加えた。しかしマッドギアはその応酬として、ハガーの娘であるジェシカを誘拐する、という卑劣な報復を与えた。時代設定は1989年となっている。

開発スタッフは後年、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』にインスパイアされてできた作品だと明かしていた。主人公の名前や、スラム街を舞台にギャングとの戦いを繰り広げるという世界観の設定などに影響が色濃くうかがえる。

難易度は非常に高いが、簡単で爽快な内容と、テクニックを覚えると有利に進められるバランスの良さがヒットを博した。また、その人気と難易度の高さゆえに連コインが問題となった。

操作方法
8方向1レバー+2ボタン(攻撃・ジャンプ)で操作。
クシェット ショベル フットプ スターリン ツリー 一期 ワッフル シリコー フォル ミッド オパール パスカル ニシダ バシネット ネトル いなば ハント トルネード ローダー スパラキ おどろき プログム リベット グアヤ ケープ うわばみ 水鏡 いろは坂 ストア サイヒト マチア トレッカー タマシダ ぼちゃ 温順山椒 グロナス レディ オーバート SEOタイ ビュー ディス オフセン かゆばら ダビンチ ディマー カイアポ かもい ギタリ るすつ トケドー

レバーで8方向に移動する。Aボタンで攻撃。連打で連続技を出す(コーディーは4回、ガイは5回、ハガーは3回で1セット)。Bボタンでジャンプ。ジャンプ中も攻撃可能で、普通は飛び蹴りを出し、レバー下入力をしながら攻撃すると他の技に変化する。

Aボタン・Bボタン同時押しで必殺技。一定時間無敵になって周りを攻撃できるが、体力を微量に消費する(体力が少ないと使えない)。攻撃を受けてのけぞっている間に出せる唯一の技であるため、攻撃というよりは緊急回避に近い。実際は同時に押すより、Aボタンを押しながらBボタンを押す(逆でも可)ほうが成功しやすい。

相手に接触すると、相手を掴む。Aボタンで3回まで掴み攻撃、レバーを倒してAボタンでその方向に投げる。投げた方向に敵がいる場合、その敵もダメージを受けてダウンする。敵に捕まれたり、倒れてしまったときは、レバガチャやボタン連打で脱出・復帰できる。

落ちているアイテムをAボタンで拾う。アイテムは得点アイテム・回復アイテム・武器アイテムの3種類がある。一部の家庭用では1UPや一定時間無敵などの特殊アイテムが存在する。

武器アイテムを拾った後はAボタンで武器を利用した攻撃を繰り出す。武器アイテムは一度でも攻撃を受けると落としてしまう。落とした武器アイテムは大抵消えてしまう(稀に消えない場合もある)。また、面の変わり目に到達すると武器アイテムを手放してしまう。

武器での攻撃はパンチなどの通常攻撃に比べると非常に攻撃力が高くリーチが長い他、当てると必ず相手のダウンを奪える。このため、当たり判定が大きい攻撃を仕掛けてくる敵キャラクターと相性が良い。

プレイヤーキャラクター
2人で協力してのプレイも可能で、その場合この3人から2人を選んでゲームを進める。キャラクターの詳細については当該項目を参照。

コーディー
恋人ジェシカをさらわれた、本作品の主人公。ケンカの天才でありマーシャルアーツとナイフ捌きの名手。3人のプレイヤーキャラクターの中では攻撃力・動作は平均的。ナイフを手持ち武器として使うことができる。
ガイ
武神流を習得した忍者であり格闘技の達人。コーディーの友人であり、義侠心から助太刀をする。動作が素早く、三角跳びが使用可能。日本刀を使うと攻撃判定が広がる。
マイク・ハガー
ジェシカの父親でメトロシティ市長。元プロレスラーだけに強力な投げ技と高い攻撃力を持つ。敵を持ち上げることができ、フライングパイルドライバーは強力。また、鉄パイプを使うと素早く振れる。

敵キャラクター

雑魚キャラクター
ブレッド、ダグ
最も弱い雑魚キャラクター。ブレッドは灰色の服を着た男で、ダグは赤い服を着たサングラス&スキンヘッドの男。AC版でドラム缶を転がしてくる方は体力が低い。ブレッドは初代における最初のボーナスステージで破壊する車輛の持主。
『マイティ』にはブレッドに見た目と能力が似ている「アイアン」という名前の雑魚キャラが登場する。
ジェイク、シモンズ
二番目に弱い雑魚キャラクター。ベストを着用している。ジェイクは青い服のヒゲ面で、シモンズは黄色い服のサングラスをした男。飛び蹴りをする以外は性能的にブレッドやダグと大差が無い(ただしSFC版とGBA版では飛び蹴りをしない)。
J、ツーピー
素早い動きで一気に間合いを詰めてのパンチが特徴的な敵。不意の一撃を喰らいやすいが、体力は低め。Jは金髪にバンダナで、ツーピーはモヒカンにサングラスの男(同じカプコン開発のシューティングゲーム『ロストワールド』の2Pキャラがモデル[3])。
『マイティ』にはJに見た目と能力が似ている「ゲイル」という名前の雑魚キャラが登場する。
アクセル、スラッシュ
バイカースタイルの長身の男。こちらの攻撃を一定の確率でガードし、非常に攻撃力の高いハンマーナックルや蹴りで攻撃してくる。しかし投げ技・武器攻撃・必殺技はガード出来ないため、これらを使うと楽に倒せる。キャラクターの元ネタはアメリカのロックバンドガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズとスラッシュから。アクセルはバンダナ&長髪という本人にそっくりなルックスであるが、スラッシュの外見はスラッシュ本人よりも『北斗の拳』のケンシロウに似ている。
『マイティ』には外見は違うが能力が似ている「サージ」という名前の雑魚キャラが登場する。
グラハム・オリバー、ビル・ブル、ワン・フー
肥満気味の敵。巨体を活かした頭突き攻撃が得意で、登場時には離れた距離から一気に突進してくる。その場で頭突きや前蹴りを放つこともある。突進攻撃で倒されてしまったら、早く立ち上がって必殺技を使わないと、連続突進で一気に体力を削られかねない。突進にはジャンプ攻撃が有効。グラハム・オリバーは青いズボンで揉み上げが有るハゲで、ビル・ブルは灰色のズボンで頭頂部のみハゲたヒゲ面で、ワン・フーは緑色のズボンで辮髪頭の中国系。
ハリウッド、エルガド
ナイフ使いのゲリラのような男。スライディングとボディブローの他に、ナイフを使った多彩な攻撃を仕掛けてくる。しゃがんだらスライディングか空中殺法の合図なので、その間に縦に移動すればそれらの攻撃を回避できる。ナイフを投げる前に殴るか、投げたナイフをパンチなどで叩き落とせば、ナイフが画面内に落ちるので、コーディーからしてみればナイフを拾うチャンスでもある。コーディーの場合は画面外に追い出し、画面外に向けてナイフを振り続ける戦法も有効。オレンジ色の服がハリウッドで、黄色の服に髭面なのがエルガド。ハリウッドは赤い服で現れる場合があり、こちらは火炎瓶を投げてすぐに逃げる上に、体力が極端に低い。
エルガドは『リベンジ』にもプレイヤーキャラクターの一人として登場し、サソリの動きを模した奇妙な拳法を使う。また『ストリートファイターZERO』シリーズでは両者ともにロレントの部下として登場し、ハリウッドはスーパーコンボ「テイクノープリズナー」使用時にロレントを援護する。
『マイティ』にはエルガドに見た目と能力が似ている「テキーラ」という名前の雑魚キャラが登場する。
ロキシー、ポイズン
外見はパンク・ファッションの巨乳ギャルだが、正体はニューハーフ。マッドギア構成員の中で最も身軽で、そのせいか登場する際は時々蜻蛉返りしながら出てくる。それゆえ一方にまとめ辛く、挟み撃ちを受けやすい。髪の色がオレンジのほうがロキシーで、紫色のほうがポイズン。当初は女キャラの設定だったが、アメリカでの稼動中、夫からドメスティックバイオレンスを受けていた女性から「女性に対する暴力を助長する」という抗議を受けた際、カプコンが「実は彼女ではなく彼だから問題ない」と殆ど言い訳に近い言葉を返したのがきっかけで、ニューハーフキャラと扱われるようになった。それがきっかけとなり、海外のSFC版・GBA版ではシドとビリーに改名された上にグラフィックが普通の男性キャラに描き直された(緑の髪がビリーで、オレンジの髪がシド)。
『マイティ』に登場しているのはポイズン本人ではなく、その妹のポイズンキッス(こちらは正真正銘の女性)ということになっている。ポイズンは『リベンジ』にもプレイヤーキャラとして参戦したが、このゲームのみ(日本版で追加されたEDによると)キャラ設定が本物の女性になっていて、しかも本編と違ってムチ攻撃を使っている。後に『ストリートファイターIII』シリーズ(『2nd』以降)でヒューゴー(下記を参照)のマネージャーとしても登場している。
アンドレ
アンドレ・ザ・ジャイアントがモチーフの大男。ステージボス(マッドギア幹部)ではないので多数登場する上、姿は同じだが色違いの兄弟と父と祖父と叔父がいる。父と祖父は第3ステージの中盤で1回しか出ない(2人同時プレイでは叔父も登場する)。殺人パンチ、首絞め、突進、のしかかり、パイルドライバーなどの多くの攻撃を持つ。また体力が多いので倒すのに手間取ってしまう。なぜかジャンプ攻撃に弱い。とにかく多くのプレーヤーを苦しめた中ボスクラスのキャラであり、『ファイナルファイト』全シリーズに登場している敵キャラでもある。
『リベンジ』にもプレイヤーキャラとして参戦したが、肖像権の問題を考慮してか、『ストリートファイターIII』シリーズ(『2nd』以降)ではヒューゴーと改名して登場した。

2009年01月16日

高野山奥の院の霊廟には現在も空海

レザー ホオズキ テレサイ スアレ 元亀 スリーブ アンス ファイフ テストパ 宇宙戦艦 ダーク アレン インロ デグー 赤いランプ 索ゴブレット トフル 男泣き ブロー キウイ ナーヤ ヒオウギ りょう カーブ ラワン ステッチ クイン きょっこう ブラッ きくもん まきえ 影の館 シリマリ クアッド 戦国合戦 ジャン サムネ ワーク シャイツ サイバ セルドレ ビュッフ 木漏れ日 シアター タムウ アココ オーニ ケンブ トークシ アネク

高野山奥の院の霊廟には現在も空海が禅定を続けているとされる。奥の院の維那(ゆいな)と呼ばれる仕侍僧が衣服と二時の食事を給仕している。霊廟内の模様は維那以外が窺う事はできず、維那を務めた者も他言しないため一般には不明のままである。

現存する資料で空海の入定に関する初出のものは、入寂後100年以上を経た康保5年(968年)に仁海が著した『金剛峰寺建立修行縁起』で、入定した空海は四十九日を過ぎても容色に変化がなく髪や髭が伸び続けていたとされる。また、『今昔物語』には高野山が東寺との争いで一時荒廃していた時期、東寺長者であった観賢が霊廟を開いたという記述がある。これによると霊廟の空海は石室と厨子で二重に守られ坐っていたという。観賢は、一尺あまり伸びていた空海の蓬髪を剃り衣服や数珠の綻びを繕い整えた後、再び封印した。

このように一般には空海は肉身を留めて入定していると信じられているが、『続日本後紀』に記された淳和上皇が高野山に下した院宣に空海の荼毘式に関する件が見えること、空海入定直後に東寺長者の実慧が青竜寺へ送った手紙の中に空海を荼毘に付したと取れる記述があることなど、いくつかの根拠を示して火葬されたとする説もある。

このように空海に関しては、史実よりも伝承のほうが多く、この方面での研究が待たれている。

年譜
和暦 西暦 日付 年齢 事柄
延暦11年 792年 18歳 京の大学寮に入り、明経道を専攻する。
延暦17年 798年 24歳 聾瞽指帰を著した。
延暦23年 804年 31歳 東大寺戒壇院で得度受戒した。
延暦23年 804年 12月23日 31歳 第16次遣唐使留学僧として長安に入った。
延暦24年 805年 5月 32歳 密教の第七祖・青龍寺の恵果和尚に師事。
延暦24年 805年 8月10日 32歳 伝法阿闍梨位の灌頂を受け、遍照金剛の灌頂名を与えられた。
大同元年 806年 10月 33歳 20年間の予定を2年間で帰国したため、帰京の許可を得るまで太宰府に滞在することになった。
弘仁7年 816年 7月8日 43歳 朝廷より高野山を賜る。
弘仁12年 821年 48歳 満濃池の改修を指揮した。
弘仁13年 822年 49歳 太政官符により東大寺に灌頂道場真言院を建立した。また、平城上皇に潅頂を授けた。
弘仁14年 823年 正月 50歳 太政官符により東寺を賜り、真言密教の道場にした。
天長5年 828年 12月15日 55歳 京に私立の教育施設「綜芸種智院」を開設した。
天長9年 832年 8月22日 59歳 高野山において最初の万燈万華会が修された。
承和2年 835年 3月21日 62歳 入滅した。
延喜21年 921年 10月27日 東寺長者観賢の奏上により、醍醐天皇から「弘法大師」の諡号が贈られた。

評価

真言宗の開祖として
空海は、江戸時代を通して、お大師さんとして人々に親しまれていた。しかし、純正の日本に仏教という外来の不純な思想を持ち込んだとして、本居宣長などによって批判された。明治時代に入ると廃仏毀釈運動によって一時的にその評価が落ちることになった。

空海は、今もなお高野山に隠れているということから、空海が高野山に隠れてから50年ごとに「御遠忌」法要が営まれるが、1884年のそれは明治時代初頭であったため、上の理由から低調だったという。そのためか、1934年の御遠忌は単なる宗教行事にとどまらず、大阪朝日新聞や東京日日新聞などの新聞社を巻き込んだ一大キャンペーンとなった。

このキャンペーンのなかで、かつて不純な思想を持ち込んだと批判された空海は、外来の思想を日本流に換骨奪胎して紹介し、日本文化の形成に一役買った人物として評価されるようになった。これは1934年という時代と関係している。日本と中国の戦争すなわち日華事変がすでにこのとき開始しており、国民が団結して戦争に臨む必要があったのであり、そのために国民の英雄として空海が再評価されたのである[4]。

日本統治時代の影響を受けてか、台湾には空海を祀る廟が存在する。